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パウダーパフ・レーシングとは KAKO 1978-

  • 2012-05-10 (木) 16:24
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かつて、女性レーサーのパイオニアともいうべき人がいた。

彼女の名は、堀ひろ子。

 

一流商社をすっぱりとやめ、大型バイクで世界一周

25カ国4万kmの旅にでたのは、26才のときだった。

 

1976年、それまで男性に限るとされたロードレースの参加規程が彼女の活躍で見直され、

女性初の参戦を実現させた。

 

彼女はレースに没頭するかたわら、雑誌の評論、

ショップ経営などにもフィールドを拡げ

1978年には日本で初めて、女性ライダーだけのロードレース

「パウダーパフ・レース」を鈴鹿サーキットで主催した。

 

 

「パウダーパフ・レース」でデビューの後、

堀ひろ子とコンビを組み活動することになったのが、腰山(旧姓今里)峰子である。

 

1980〜81年、堀と腰山は鈴鹿4時間耐久レースにペアでエントリーし、2年目にして完走を果たした。

1982年には、男性でも完走が難しいとされるサハラ砂漠縦断8000kmを、同じくペアで走破した。

 

ふたりは単に、女性レーサーの市民権を獲得しただけではなく、

女性ならではのバイク文化の構築にも道筋をつけたといえよう。

 

そしていま、その志を継承すべく、腰山峰子が新たにチーム監督となって

「パウダーパフ・レーシング」を結成した。

 

ライダーの川原みちよ&中原優香は、奇しくもパウダーパフ・レースが産声をあげた年と同じ1978年生まれ。

 

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